音は見ることが出来ず,また身近過ぎて「音が原因で疲労や苦労している」という実感がないことが多いです.しかし,声を聴き取る時の脳活動[1]の音環境による違い,音環境と睡眠の質の変化[2,3],リモート会議で使うツールと音環境の調査[4]を行ったところ,音環境を適切にすることがいかに大事であるかが明らかとなってきました.
本協会では,このように「何が起きているのか」を研究しております.また,音環境というと「騒音(うるささ)」が着目されていましたが,本協会では「生活の質(QoL)」に着目しています.このため,新たな音響素材評価方法の開発[5,6]にも取り組んでいます.
ここでは音環境の対象として日常生活を営む環境を対象とし,物理的な住宅内(Physical World)だけでなく,ストリーミング配信やリモートさらにはメタバースを含む環境(Cybe World)までを対象としています.このため,「音のみなもと」が「どこで発声」し「直接または収録・伝送といった再生音として人が認知する」までを対象としています.これをスピーチ・チェイン(予備知識をご覧ください)に対応して図1のように分類しています.
図1 国際調音・整音協会の研究・開発のフレームワーク
【図の補足説明】
音のみなもと:音声学の「発話」であり,日常生活における「音を出すもの」を指します
工学的にそれを「捉える」ため「センシング」と「特徴量抽出」という技術を要素ブロックとしています
音の伝わり:音声学の「調音」医学の「構音」であり,日常生活における「音が耳に届くまでの過程」
工学的にそれを「捉える」ため「センシング」と「特徴量抽出」という技術を要素ブロックとしています
伝送:ここでは「音が産まれる」と「伝わる」という「人やシステムへの入力」と,「音から得るもの」をつなぐものを「伝送」としています.このため,神経という生体内部も,空間も,インターネットという伝送路も,ここでは伝送として捉えます
音から得るもの:音声学の「知覚」であり,日常生活において「伝送されたものから得るもの」を指します
工学的にそれを「捉える」ため「復元」と「信号生成」と「情報提示」という技術を要素ブロックとしています
音声学における調音の定義と医学における構音の定義
「調音(ちょうおん、英: Articulation)[6]」という言葉は「音声学」の「どのように音が出るのかという’発音’」で扱われています.言語音を発音するために、図2の口腔内の舌や唇などの調音器官を動かし,声道の形を変えることによって気流に影響を与え,さまざまな種類の音声(子音および母音)を作り出すことをいいます.また 調音の仕組みを調音機構と言います.なお,調音と同じことを医学では「構音」と言います.
音声学における調音の定義と医学における構音の定義と音響的捉え方/対応/拡張
音声学における調音および医学における構音は、いずれも音源である声帯膜付近を音源とし、制御可能な部位により目的とする「音」を作るまでの過程である。人は図1にあるように「発した音」を「耳で確認し調整」することで「適切な音」となるように機構を適応的に調整している。一方、音声学の「発声」の後に続く「音響」と「認知」に関して、特に「認知」という点からの音響は未解明な部分が多い。
そこで、発声で培われた知見を,まずは「音響」に拡張しする。これは、鼻腔の一部である副鼻腔の共振が個人性を示し、同様の手法で「部屋の種類(和室・洋室・講堂等の特徴記述)」が出来る事、聴取位置近傍により聴こえが変わる事からも妥当な対応であると考えている。
整音について
整音は,作品作りにおいてとても大事な工程であり,図4においては赤枠で示した「耳に届く音」の内,音声学における「知覚」またはその先の「認知」を意識して「適切な物理信号」を収録することを目的とします.また,音声のみを対象とするものではなく,「音を媒体として伝えたい情報」の全てが対象となります.
スピーチ・チェイン(予備知識をご覧ください)において発した声を耳で聞き,発する音を調整するように,レコーディングエンジニアは,収録したい音によって音を整えます.具体的には,滑舌の明瞭化,音量の安定化,ノイズ除去,間の調整,音の加工,音楽(BGM),効果音(SE) ,収録環境が異なる素材のマッチング,空間設計,が行われます.
この中でも,協会では「収録環境が異なる素材のマッチング,空間設計」,すなわち収録が適切だと判断するためのフィードバックに関わる点について,空間に拡張した調音とともに考えます.
予備知識:人の声が産まれてから相手に伝わるまで
「言葉を発してから聴こえるまで」は図A上部にあるスピーチ・チェイン/Speech Chain[8] に基づいて,図A下段のように,
1)脳活動(心理学的レベル)
2)単語と発する音の組み立て(言語学的レベル)
3)声帯膜や口腔内制御(生理学的レベル)
4)口の放射特性から耳の収音特性(音響学的レベル)
5)聴覚器官(生理学的レベル)
6)音と単語の対応(言語学的レベル)
7)想起印象(心理学的レベル)
と分類することができます[9].この3)に着目したのが「音声学」である.そこではどのように音が出るのかという’発音’,どのように音が伝わるのかという’音響’,その音をどのように捉えるのかという’知覚’,の三分野としています.
参考文献
[1] Manabu Fukushima, “Characteristic and function of the newly developed articulatory panels(Aural Sonic)”,Glycative Stress Research 2019; 6 (2), 103-112,(doi:10.24659/gsr6.2_103)(http://www.toukastress.jp/webj/article/2019/GS19-05.pdf)
[2] Manabu Fukushima , Shiori Uenaka , Masayuki Yagi , Wakako Takabe , Yoshikazu Yonei, “Effect of the newly developed articulatory panels (Aural Sonic):A pilot clinical trial”, Glycative Stress Research 7(2): 123-131, 2020 (doi:10.24659/gsr.7.2_123)(https://www.toukastress.jp/webj/article/2020/GS19-11.pdf)
[3] 米井嘉一,福島学,”快眠研究と製品開発,社会実装”,株式会社エヌ・ティー・エス,pp.497-505,2022年6月30日
[4]福島学,山下涼介,大里一矢,野見山翔五,比嘉祐揮,温水啓介,”遠隔講義用ツールの伝送特性調査”,日本文理大学紀要,第48巻,第2号,pp.25-33,2020年
[5]沖田和久,近藤善隆,福島学,窪田泰也,”音響素材の反射特性と透過特性計測に関する一検討”,日本文理大学紀要,第51巻,第1号,pp.73-80,2023年 (https://www1.nbu.ac.jp/~tosyo/bulletin/51-1/51-1-73.pdf )
[6] 音声学における調音,https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AA%BF%E9%9F%B3
[7]福島学,平野智也,徳富響,沖田和久,梨子木快晴,河納隼一,近藤善隆,”音空間把握に必要な音響伝送特性推定における計測用音源信号の一検討”,日本文理大学紀要,第52巻,第1号,pp.1-8,2024年 (https://www1.nbu.ac.jp/~tosyo/bulletin/52-1/52-1-1.pdf )
[8]Peter B Denes and E. Pinson, The Speech Chain, New York, USA:Worth Publishers, 1993, https://books.google.co.jp/books?id=ZMTm3nlDfroC
[8]山田弘幸,”言語聴覚士のための心理学”.医歯薬出版,東京,13,2012